「なに、これ…」
地下水道にひしめき合う親友の群れ。
イリヤとクロは驚愕して言葉も出なかった。
数時間前に美遊との連絡が途絶し探し回っていて、ようやくたどり着いた場所。
もしかしたら遅かったのかもしれない。
その中央に立つ、赤いビキニを着た娘が口を開いた。
「さぁ、行きなさい、私達。」
生気のない瞳をした彼女達が、飛び出し襲ってきた。
それはまるでサーフィンをするための大きな波のよう。
いくら現実離れした様子とはいえ、親友の姿に酷く動揺する二人。
何度も打撃を、斬撃を喰らいながら吹き飛ばされてしまう。
でもなんとかしないといけない、震える心に鞭を打ち、立ち上がる。
二人はそれぞれ武器を構えると、足に魔力を籠めて弾丸のように突っ込んでいく。
思惑は一致していた、こういうときは本体を叩くべしと。
彼女達一人一人の魔力量はそれほど多くは無い。
更に、クラスカードも、美遊が元々持っていたセイバーとライダーの二人分のみ。
最初は圧倒されたものの、力比べだけで言えば見た目ほどの差は無かった。
「あれ…やっぱりこの力じゃ魂が空っぽだからきついのかな…。」
必死に戦う二人を見ながらぼんやりと呟く美遊。
数は減らないものの、一進一退の攻防。
少しのきっかけでどちらが有利になるか決まるような状況をクロは見逃さなかった。
「イリヤ!宝具でぶっぱなしちゃいなさい!」
歴戦の英霊を見に宿した彼女の判断力は確かなモノ。
一瞬の隙を突き、イリヤを後ろに下がらせてチャージさせる。
その間に大量の投影魔術で剣を乱射しながら牽制。
理想的な展開だった。
暗い空間に魔力の奔流が煌めきだす。
その光を目に焼き付けながら、美遊はニヤリと嗤った。
「分かった!多元重奏飽和砲撃(クウィンテットフォイア)!!!!」
目配せをしてクロが空中へ退避した瞬間、イリヤは宝具を解放した。
轟くような音を立てながら美遊達を焼き払っていくレーザー。
何本もの柱を破壊しながら突き進むそれに、さしたる抵抗も出来ずに吹き飛び、粒子となって消滅していく。
たっぷり十秒ほどであろうか、土煙の中から現れたのは血の池の陰すらない、焦げ付いたコンクリートの地面であった。
息を吐くイリヤ。
膨大な魔力の消費に反動が来たのであろう。
だがそれがいけなかった。
赤い服を着た本体であろう美遊が居ないのだ。
ザクッ!
「ガッ…!」
ハッと空中を見れば、そこには背後から貫手でクロの腹の部分を貫く美遊の姿が居た。
肺から空気が押し出され、咳込む彼女。
ニタリ、と嗤う美遊が恐ろしく見えた。
助けに行こうにも、足が震えて動かない。
「くっ…まさかアンタ、最初から私を…!」
「そうね、やっぱり私が戦うのが一番効率良いみたいだから…貴女の力、貰うわ。」
ドヂュッ!
クロが現界するために核となっていたアーチャーのクラスカード。
それを引き抜いたのだ。
魔力で編まれた彼女のカラダがすぐに綻び始めてしまう。
「クロ!!」
宙に放り出され、枯葉のように地面に落ちて行くクロ。
何とかイリヤは抱き留める事が出来たものの、消滅の歩みは止まらない。
徐々に手足が光の粒になり始めている。
「逃げなさい、さっき直接触れた時に感じたわ。アレは美遊の皮を被った何か…んむっ!?」
真剣な顔をして懇願するクロに対して、迷わず抱きしめたまま顔を寄せると、キスをした。
「イリヤ…」
彼女が自ら魔力供給をすることは珍しい。
日常的かつ一方的な、受け身のスキンシップで行っていたソレ。
話を遮ってまでした事が何を意味するのか。
クロは何も言えなくなってしまった。
ゆっくりと近くの柱の陰に座らせると、決意を秘めた目で美遊を見つめる。
彼女は薄目で彼女達の友情を眺めながら、奪ったクラスカードで手遊びをしていた。
くだらない、と目で語っている。
「イリヤ、貴女さえ私の元に来てくれたら、これ返してあげてもいいけど?」
ペロッと棒に刺さった飴のように、カードを舌で舐める。
欲望に満ちたその表情。
イリヤは背筋を震わせた。
しかし、それに抗うように力強く一歩踏み出し、宣言する。
「クロを助けるためならそれでいいのかもしれない…でも、私は美遊も助けに来た!だから……貴女を倒す!夢幻召喚!」
「……やってみればいいわ、無駄だって、すぐに分かるから。」
二人はカードを取り出すと夢幻召喚をした。
イリヤはセイバー、騎士王のクラスカード。
そして美遊はアーチャー、クロが使っていた無銘のクラスカードだ。
自分を倒さない限り助ける事は出来ないぞ、という人質。
ズズズ、と美遊の肌が浅黒くなっていく。
唇を釣り上げ、投影魔術で二本の剣を握りしめた瞬間が合図であった。
先ほどの砲撃で生き残った柱をへし折り、あるいは駆け上りながら斬撃を打ちあう二人。
クロのように瞬間移動をしつつ隙をついてくる美遊。
イリヤはただでさえ枯渇し始めている魔力を振り絞って対抗していた。
傍から見ても明らかに劣勢。
だがそれでも、彼女の闘志は尽きていない。
手にした聖剣で何度も、何度も美遊の剣を砕いていく。
息が上がり、意識が朦朧としてくるイリヤ。
一歩踏み出した足が、ふらつき姿勢を崩してしまう。
その様子をみた美遊は、最後のトドメとして背後に転移し、『両刃の薙刀』で唐竹割にしようとした。
走馬灯のようにスローモーションになる。
最愛の親友達の顔が脳裏に浮かんだ。
ギリッと歯を食いしばり、叫ぶ。
「私が、二人を助けるんだぁああああああああああああ!!!!」
イリヤは最後の力を振り絞り、思い切り剣を振りぬいた。
彼女ならこうするだろうと、読んでいたのである。
美遊が乗っ取られているが故の、親友だからこそわかる動きだった。
直撃を喰らった彼女は一瞬で夢幻召喚を解除され、大きく吹き飛んで壁にたたきつけられる。
全力を出し切ったイリヤもまた、夢幻召喚を解かれてしまった。
「はぁっ…はぁっ…クロ!」
ひらりと舞うアーチャーのクラスカードを回収すると、急いでクロの元へと向かう。
既に彼女は手足が透き通って居て、持って数分と言うところであった。
苦しそうに眉間に皺を寄せる彼女に、カードを差し出す。
「ごめん、ありがと…ウッ!」
そう言ってカラダの中にカードを収めるが、唐突に苦しみだすクロ。
消滅は止まった代わりに、全身をガクガクと震えさせる。
胸の辺りから、浅黒かった肌がチョコレートのように茶色く染まり始めていた。
一体何ごとだと身体を揺さぶるが、突き飛ばされてしまう。
「がっ…あ゛っあ゛あ゛っ…!!!」
頭を抱え、目を見開きながら痙攣する。
腹にあったリンク用の呪詛が消え、代わりに美遊の淫紋が浮きだす。
骨がゴキッゴキッと大きな音を立てて軋み、体格が変わり始めた。
身長はもちろん、スレンダーなカラダが肉付きをどんどん増していく。
尻も、胸も風船のように膨らみ、露出の多い服装を押し上げたかと思えば、服自体も変わっていってしまう。
真っ黒なジャケットにスラックス。
肌の色の浸食を追いかけるように黄色い樹木の根のようなものが張り始める。
髪の毛は銀から真っ白になって、目の色も薄い金色に変わる。
「あ゛っあ゛…ぅ゛…」
「ふふっ…残念だったね、イリヤ…」
ガラガラと瓦礫をかき分け、土ぼこりを払いながら歩いてくる美遊。
その表情には勝ち誇ったような笑みがあった。
「クロに何をしたの…!」
「あのカードはね、反転させておいたの…黒化したサーヴァントみたいに、ね?」
ねっとりと謡う様に告げる美遊。
先ほどまで浅黒くなっていた肌は元に戻っている。
つまり、先ほど夢幻召喚した時に細工をしていたという事だ。
「ッ…!」
「無駄よ、もう彼女は反転した英霊に飲み込まれてしまった…魂が腐り果てた、無銘の英霊に、ね。」
何とか助けようとするが、クロは白目を剥いてもだえ苦しむだけ。
いくら呼びかけても、喉が張り裂けそうになる程やっても効果が無い。
涙を浮かべながら肩を揺さぶるイリヤ。
「あ゛…ァ゛…!!」
喉から絞り出す痛々しい声が響き渡る。
外見上の変化はほぼ終わったはずなのに、狩猟される獣のように暴れまわりながら、顔面を手で覆って苦しみを発する。
「ぎえ゛…っ!ぎえ゛ぢゃ、う…!」
反転した英霊にどんどん魂が置き換わっていく。
だがその魂が無かった場合、どうなるのか。
消滅していくほか、無い。
夢幻召喚の侵食なら解除できるが、依代を丸ごと汚染された今、彼女を救う手立ては無かった。
「あ゛っ…い、イりや…」
「貴女はイリヤじゃないけど、元々はイリヤだったから、還りなさい?」
いつの間にか近づいてきた美遊は、クロの背中をトンッと押した。
バランスを崩した彼女はイリヤへと倒れ込んでいく。
実体すら保てないそのカラダは、一切の抵抗なく、イリヤをすり抜けた。
「えっ…」
水を張った洗面器の栓を抜いたように、渦を巻きながらクロはイリヤの腹へと吸収されていく。
困惑するイリヤ。
欠けていたモノが満たされて行く感触。
代わりに得ていたモノが欠けていく。
目まぐるしく変わる状況についていけない。
その次の瞬間、彼女の腹がズクンと疼いた。
「ヒッ…!なんで、これ…!」
急いで服をまくると、そこにはクロに刻まれていたはずの呪詛が。
そして、美遊にも浮かび上がっている。
「さっきクロからカードのついでに奪ったのよ…単純で強力だから、乗っ取るのには時間がかかったけど…」
むにっと豊満な胸を揉む美遊。
すると、感じたことの無い感覚がイリヤの胸に伝わってきた。
それどころか、大量の情報が彼女の頭の中に流れ込んでくる。
「これで、私とイリヤは感覚も、感情も全部共有できる…♪」
舌を突き出しながら身体を抱きしめ振るわせる。
恐怖と共に、恍惚を感じた。
それが更に恐怖を呼び、恐怖におびえる自分がまた恍惚を呼ぶ。
頭がどうにかなりそうだった。
それと同時に、クロの記憶、感情もまた流れ込んでくる。
封印されたときの記憶、感情、新しく生まれ変わった後の楽しい記憶、それが染め上げられ魂が腐っていくさっきの感覚。
「やっ…やめっ…!」
ミキサーで掻き回されるというレベルではない。
足が崩れ、嫌々と頭を振り乱す。
長い髪の毛が、舞い、シャンプーの匂いがした。
何でもないそれに興奮して…
「ひっ!!!うぁ…ぁ…!」
「辛いよね、苦しいよね、イリヤ…その苦しみも、私のモノ。一緒に、共有しましょう?」
懐から取り出したのは二枚のカード。
一枚は、弓兵、そしてもう一つは暗殺者。
前者を美遊は口に含むと、咀嚼して口移しの容量で呑みこませ始める。
異物に抵抗するイリヤの鼻をつまみ、無理やり押し込んだ。
細い喉が鳴り、嚥下される。
そして後者を自分で飲みほした。
今美遊が使ったのは『同じ存在として生まれた女神』の一部分を抽出したカード。
名を、姉のステンノと妹のエウリュアレ。
彼女達は今で言うとクローンのような存在。
その概念が二人に付与されたという事は、同一の存在になる、と言う事。
ズクン!とイリヤのカラダが痙攣すると、腹に美遊の淫紋が現れた。
ギ、ギギと八重歯が尖り始める。
「さぁ、おいで、イリヤ…」
もう一つの権能、それは吸血である。
イリヤはまるで酔ったようにフラフラと美遊に近づくと、抱き着いた。
美遊はあやすように撫で、仰向けになると69の体勢になるよう誘導し、股間部分にかみつかせた。
「んぁっ…」
甘い痛みが美遊を襲う。
彼女もまた、イリヤの服を破くとつるつるの秘部にかみついた。
ちぅ、とサラサラの健康的な血が唇を濡らし、鉄の味が広がる。
イリヤの痙攣は止まらず、徐々に身長が伸びはじめ、薄いピンクの陰毛が生えてきた。
更に、ただ吸血するだけだったそれが秘部を舐めるようになる。
全く知識の知らないはずの彼女が、何人も肌を重ねてきたかのように。
首を上げ、無理に吸っていた体勢がどんどん楽になり、下腹部に大きな胸が押し当てられる感触がする。
モジモジと快楽に耐えようとする太ももは肉厚になり、掴んでいる尻は指が食い込むまでになった。
そして彼女の記憶が流れ込んでくる。
今、二人は自身の体液を吸血によって循環させている状態だ。
見た目はただのレズセックスだが、中身がどんどん入れ替わり、混ざり、均一化し始めて行く。
苦しんでいたイリヤも既に恍惚とし始めていた。
美遊の方も、髪の毛がイリヤの陰毛と全く同じ薄いピンク色に変わっていく。
瞳も赤みの強いオレンジに。
サラサラだった髪の毛は幼い娘特有の柔らかいモノへと。
肌も浅黒く変わり、服装も消えて全裸になる。
ぷっくりと膨らんだピンク色の乳首は肌と対照的で、綺麗なコントラストを描く。
鎖骨にあるホクロの位置まで完全に一緒。
陰毛の濃さも、呼吸のリズムも、骨格も歯並びも、舐める舌の動きも、クリトリスの大きさも、膣の痙攣も、反応も、全てが同じへ。
吸血している部分から心臓の鼓動を感じる。
その動きすらも、完璧に連動していく。
一卵性の双子のように、DNAの塩基配列はもちろんの事、魔術回路も完全にシンクロする。
普通ならそのレベルまでは行かないのだが、二人は同一になる事を願った。
聖杯である彼女達にかかれば、そのくらいのことは訳なかったのである。
「っっ―――!!!」
瞬間、絶頂した。
激しいモノではなく、静かなソレ。
二人は手足を絡め合いながら、一つの生き物のように震え、新しく生まれ変わった自分たちを祝福した。
ゆっくりと身体を離すと、全裸で深い深いキスをする。
淫猥なソレを何度も、何度も繰り返したのち、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「おはよう、私(イリヤ)」
「おはよう、私(美遊)」
冬木市にそびえ立つ巨大なビルの屋上。
飛行機の為にチカチカと赤いランプが点灯するそこで、二人の美少女が街を見下ろしていた。
一卵性の双子のような姿、ハーフトップキャミソールと、ホットパンツ。
浅黒い肌に、身体ははち切れんばかりにスタイルが良く服を押し上げている。
丸出しの腹には、二種類の淫紋が刻まれていた。
互いにゆったりとキスをし、互いの性器を上から刺激しあう。
そして手を絡め合い、爪で指先を切った。
垂れた血が地に着くと、広がり池となっていく。
ズズズ、と現れたのは三人の人影。
イリヤ、クロ、美遊だった。
「やっぱり、魔力が足りないね、私(美遊)」
「だから早く供給しないとね、私(イリヤ)」
直立不動で、まるで人形のようにピクリとも動かない三人。
それもそのはずだ、彼女達は肉体だけ複製され、魂は入っていないのだから。
懐から三枚のカードを取り出し、後頭部からズズズ、と突っ込んでいく。
イリヤには裁定者のカードを、クロには復讐者のカードを、美遊には守護者のカードを。
ゴキッゴキッと大きく骨格を変えながら、三人は英霊達と融合していく。
純白の旗を持ったサーヴァント、対となる漆黒の旗を持ったサーヴァント。
そしてレオタードに似た姿の大きな盾を持ったサーヴァント。
面影を残しつつ、遠くから見れば彼女達とは誰も分からないだろう。
共通しているのは、全員の腹がむき出しになり淫紋が輝いて居るところだろうか。
強い風が吹き、旗が揺れる。
三人のサーヴァントは、足を踏み出すとそのまま、地上へと降りたって行った。